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コミュニケーション

渋谷駅で男性が携帯電話で会話をしている。


海外の話ですが、携帯電話での音声通話が減少傾向に転じたらしいです。
昨今のスマートフォンの隆盛も相まって、モバイル端末の利用が音声通話からデータ通信へと移行しているのでしょう。

誰もが何時でも何処でも相手と会話ができる。でも、話さなくて済むのなら、その方が楽だ。。。
・・・多分、そういう事だと思う。

コミュニケーションの性質として、相手と自分が同じだけ、お互いの時間を束縛してしまう。
束縛すべき時間をお互いが確保するのは、それなりにシンドイ事でしょう。

一旦、コミュニケーションの手間を惜しむようになったら、そこから考える手間を惜しむようになるまで、そんなに時間がかからないだろうなあ。。。

使用カメラ:Nikon COOLPIX L12
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極彩色な日常

外から見た「明日の神話」


一時期に比べてすっかりと足を止めて鑑賞する人が減ってしまった「明日の神話」ですが、ご覧のとおり外からも観ることができます。画面右に行くと井の頭線の渋谷駅へ、左に行くとJR渋谷駅へ続くコンコースの壁面に岡本太郎の傑作は展示されていて、床の下は普通に道路になっていて車や歩行者が往来しています。

アートについて考える時に、作品そのものの表現力や芸術性もさることながら、作品が”何処に存在しているか”ということが極めて重要な意味を持つ場合があります。特にパブリックアートにおいては、作品が存在する空間との関係性を無視することができません。芸術とはそれが何であれ”人々に訴えかける行為”である以上、作品と空間との関係性とは、取りも直さず、作品とヒトとの関係性に他なりません。

作品を目にし、音に聞き、五感に感じたヒトリヒトリに対して、何を感じ、または、何を感じなかったのかを否応なく問いただしてきます。美意識を問われることは、実はその人の人格そのものを問われることでもあります。極彩色の壁画は、常に往来する数多の人々の美意識を挑発し続けています。

「あなたにとって”美しい”とは何ですか?」

使用カメラ:Nikon COOLPIX L12

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カバは今日も空を仰ぐ

赤いカバ


カバ式・・・。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:Voigtlander ULTRON 40mm F2 SL Aspherical

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透過された風景。そして「間接的」であるという事。

ネットを透過した記号としての新宿


直接的ではなく間接的に被写体を写す。

それは反射だったり透過だったりするのだが、どちらにせよ、本来の被写体から反射された光は何かを経由する事で、若干ではあっても暗く写ってしまう。また、この写真ではネットの色の影響で若干ではあるが青く写ってもいる。
つまりは、情報源(この場合は被写体)が持つ情報量が減る代わりに間接する媒体(フィルター)の性質が否応なく反映されてしまう事こそが”間接的”なのだ。

人々は昔から、様々なモノやコトに対して”間接的”を上手に利用してきた。何かを経由する事で対象の本質が引き出したり、新たな視点を得たり。難しい対象を簡易に扱う為の手段としても。およそ情報源となるモノは、冗長で雑多で混沌としている場合が殆どで、正しく理解する為にはそれらのノイズを適切に取り除いたり整理するなどの手間をかける必要がある。

例えば、テレビで世界情勢に関するニュースを観る場合、アナウンサーはきっと日本語で伝えるだろうが、情報源はきっと日本語ではない。現地のインタビュー映像が流れる場合でも字幕や吹き替えが施される事が殆どだ。このケースでは”翻訳”というフィルターを通す事で誰もが日本語で理解する事ができるようになった。

このように便利な”間接的”なるものであるが、我々にとって正しくその恩恵を享受する為には次の2つの条件を満たす必要がある。1つ目の条件は、おおよそであれ、情報源に対する何らかの知識なり理解がある事。そして2つ目の条件は、間接する媒体が何であるのかを知っている事だ。これらの条件を満たさなかった場合、”間接的”なるものが受け手である我々に悪影響を与えるかもしれないのだ。

にも関わらず、我々が手にするモノやコトの殆どについて、それらが実際に手にするまでにどのような媒体(フィルター)を経由したかを我々は知らないのだ。しかも、我々が知っていると思っている”媒体”についてさえ実はそれがどんな性質を持っているのかまでは知らない場合だってある。

ここまで書くと、間接的に手に入れるモノゴトの正しさを担保するのがもはや絶望的にすら感じてしまう。そこでどうするか?

”信じる”のである。

信じる事で、自分が手にしたモノゴトの正当性を評価する絶望的な作業を放棄し、評価に必要な時間や能力を節約する事ができるのだ。”信じる”という行為が時に美徳として語られる場合もあるのだが、実は単にリソースの効率化に過ぎない、、、と考えると安易に何でも信じるという事は、ただ単に横着なだけなのかもしれない。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:Voigtlander ULTRON 40mm F2 SL Aspherical

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隙あらば

隙間から顔を出す。


隙間があれば何でもできる・・・という名言(?)にもあるように(笑)、少しでもスキがあれば、そこから広い世界を目指すことだって出来るのかなあと。この写真を観ると、そう思えてくる。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:SIGMA 30mm F1.4 EX DC /HSM

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冬の空

冬の空


1月ももう中旬。去年は全然ブログから離れてしまっていたので、今年はもう少しブログ頻度をアップしたいなあと思う今日この頃。ブログを辞めてしまった方やめっきりアップの無い方もいらっしゃいますが、意外と久しぶりにお写真をアップされる方もいらっしゃって、twitterなどに流れた方々のブログへの揺り戻しが起きているのかなあと仮説を立ててみる。。。

ブログはコミュニケーションでありネットワークだと感じるmToTmとしては、今年は写真のアップだけではなく、コミュニケーションやネットワークを充実させる事ができればなあと考えています。

まあ、マイペースで・・・(^へ^)

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:SIGMA 30mm F1.4 EX DC /HSM

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待ち合わせ

待ち合わせ


待ち合わせ、待ちぼうけの退屈から解放できるアイテムを普通の人々が手にしてから
もう既に10年以上が経ちました。

この10年で我々が手にすることができる情報量は爆発的に増加しており今も尚増加し続けているけれども、それに比べて我々が消費することができる情報量は通信インフラの拡充と情報端末の高性能化を以てしても微増しているに過ぎない。考えて見れば当たり前の事で、人間自体の(情報処理能力も含めた)身体能力が大きくは変化していないのだから。。。

しかし、よくよく考えてみると、情報を提供(公開)する側も人間(のはず)だから彼らの情報処理能力も受け手側とそれほど変わらないはずだ。勿論、文字⇒静止画⇒動画と情報そのもののデータ量が大きくなっているのだから、情報量全体も増加するだろう。ところがこの場合は送り手の情報量が増えた分、受け手の情報量が増える性質のものである。きっと、ここ10年で受け手が消費することができる情報量の微増は、そのような理由からだろう。

仮説ではあるけれど、送り手の情報量が爆発的に増えている理由は以下の2つかなあと思う。
1. 送り手の数が爆発的に増えている。
2. 情報の複製が増えている。

どうであれ、情報量が増えて我々が手にできる情報の選択肢が増えた事は多分良い事で、沢山の選択肢の中から選択出来る事で、より自分が欲しいモノを手にする事ができるようになったはずだ。。。



本当にそうなのか?



退屈を失った事が何を意味しているのか、まるで全く解らない。

ところで、数年前からノートパソコンと格闘している実家の母から久しぶりに電話があり、「最近、"検索"してもちっとも見たいページに辿りつけないから"検索"するのが面倒だ。」と漏らしていた。仕事柄、(ガッカリする程)ネット検索を使用する私自身、手にしたい情報に辿りつくのに前よりも時間がかかるような気がしている。もしかしたら、かつて退屈だった時間がそのまま検索している時間に置き換わっただけなのかもしれない。。。だとしたら、それってとても"残念"だ。。。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:SIGMA 30mm F1.4 EX DC /HSM

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HACHI

ハチ公


ハチ公の周りには今でも人が集まる。。。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:SIGMA 30mm F1.4 EX DC /HSM

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都会の麓(ふもと)

都会の麓


久しぶりに写真をアップしてみました。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:Voigtlander ULTRON 40mm F2 SL Aspherical

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奥行きと広がりと。。。

奥行きと広がりと
奥行きと広がりと。。。


三浦海岸での撮影のあと、回転寿司屋さんで昼食を取り(とても美味しかった♪)、その後でひでひさんの車で移動した先がコチラ。近景には緑の畑が広がり、その向こう側には海とそらが無限に広がっていました。
どこまでも遠くを見渡せる風景というのは、それだけで自分にとっては非日常の風景であり、心身ともにリフレッシュができたような気がしました。

使用カメラ:Nikon D200
使用レンズ:SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC

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